2010年08月26日
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面白ショートショート『偽物姫』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 あるところに、A国とB国がありました。A国は繁栄していましたが、B国は貧困に喘いでいました。いくらB国が頑張ってもA国に美味しいところを全て持って行かれるのでした。

 そこで、B国の宰相はA国の転覆を目論みました。しかし、そう簡単には転覆できません。方法を考えながら街を馬車で走っていた宰相は、ふとA国の姫君とそっくりの花売り娘を見かけました。

 「これだ!」

 とB国の宰相は小躍りして喜びました。

 花売り娘は身寄りのない貧乏な娘だったので、大金と引き替えにA国の姫を演じることをすぐ承諾しました。

 すぐにB国の特殊部隊が移動中のA国の姫をさらい、偽物と入れ替えました。

 B国の宰相はほくそえみました。次々と変な命令を出すダメ姫に国民は愛想を尽かすと思ったのです。

 ところが、ここでB国の宰相が思ってもいなかった番狂わせが起こります。A国の王宮に入り込んだ花売り娘が、A国の騎士と恋に落ちてしまったのです。もともと身寄りのない花売り娘には、B国に身内と呼べる相手もいませんでした。そこで、喜んで全ての陰謀を告白して寝返りました。

 怒ったのはB国の宰相です。そこで、宰相は姫が偽物であるとA国民に暴露してA国王宮の地位を失墜させようとしました。

 ところが、A国民はそれを真に受けるどころか、かえってあざ笑いました。

 「今の姫様が本物に決まってるだべ」

 なぜA国民は偽物姫を本物と信じて疑わないのか。

 B国の宰相は部下を派遣して調べさせました。王族ではない花売り娘が姫らしく振る舞えるわけがないからです。

 すると、A国の驚くべき内情が明らかになりました。

 なんと本物の姫は浪費癖があり、そのための税金まで徴収されていたのでした。しかし、偽物姫はいかに変な命令を連発しようとも日常生活は質素倹約でした。偽物姫になってからは浪費税も廃止になっていたほどでした。

 あるA国民は身分を隠したB国の工作員にこう告げました。

 「あんな税金を払わされる姫様はA国には要らないな。抱え込んでいれば金が掛かるだけだしね。のしを付けて差し上げるよ。これでA国は繁栄して、誘拐したB国は姫にますます金を浪費されて没落するさ。あ、これはB国には内緒ね。その点で今の姫様は最高さ。浪費癖がないからね」

 B国の宰相は、本物の姫にA国に帰るようにお願いしましたが、もちろん断られました。自分の浪費がA国民の反感を買っていることが良く分かっていたからでした。宰相は、姫が浪費した請求書の山と格闘することが日課となり、A国の転覆を考える余裕もなくなりました。

(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)

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